私はいま、豊中で「まちあいの森」という小さな場を開いています。
その中で、IMA LIBRARYという本を中心にした取り組みも育てています。
- 本を読むこと。
- 誰かと対話すること。
- 何気ない会話を交わすこと。
- ひとりで静かに過ごすこと。
- 無理なく、優しく、人とつながること。
まちあいの森は、何か特別な正解を教える場所ではありません。立派な目標を掲げることだけを求める場所でもありません。
むしろ、日々の暮らしの中で少し置き去りにしてきた自分の感覚に、もう一度耳を澄ませる場所でありたいと思っています。
本を読む時間も、誰かと交わす何気ない会話も、相談の中で生まれる対話も、すべてが「自分の言葉を取り戻す時間」につながっているように感じています。
自分を見失うときに私たちはどんな「言葉」を使っているのか

一方で、日々の対話や相談の中では、人が自分を見失ってしまう場面にも出会います。
- 頑張りすぎている。
- 人に合わせすぎている。
- 本音を押し込めている。
もちろん、その背景にはさまざまな事情があります。
家庭、仕事、人間関係、過去の経験、社会の空気、置かれている環境。その人だけの問題として簡単に片づけられるものではありませんよね…。
ただ、「自分の中で流れている言葉に無自覚であること」があると良くないのではないかと感じています。
というのも、私たちは「目の前の出来事」をそのまま受け取っているようで、実は言葉を通して世界を見ているからです。
例えば、何かに失敗したとき、
「やっぱり自分はダメだ」
と思うのか、
「今回はうまくいかなかった」
と受け止めるのか。
「ここから何を学べるだろう」
と問い直すのか。
同じ出来事でも、その出来事にどんな言葉を与えるかによって、感情も、その後の行動も変わっていきます。
セルフトーク=自己対話|自分の中で流れている言葉のこと

セルフトークという言葉があります。
簡単に言えば、自分の内側で、自分に語りかけている言葉のことです。
- 「どうせ無理」
- 「迷惑をかけてはいけない」
- 「ちゃんとしないと価値がない」
こうした言葉が、無意識のうちに自分の中で繰り返されていることがあります。
それは、ただの独り言ではありません。
その言葉は、物事の見え方をつくります。
感情の動きをつくります。
行動の選択肢を狭めたり、広げたりします。
人との関わり方にも影響します。
私たちの思考は、言葉と深く結びついています。
何かを認知し、それについて考え、意味づけし、行動し、誰かに伝える。その流れの中には、ほとんど必ず言葉があります。
だからこそ、自分の言葉に無自覚であることは、少し危ういことでもあります。
自分を傷つける言葉を、自分の中で何度も繰り返しているかもしれない。
誰かから受け取った言葉を、いつの間にか自分の声だと思い込んでいるかもしれない。
本当は自分を守るために生まれた言葉が、今は自分の可能性を閉じているかもしれない。
自分を責める言葉を使っていませんか?

自分を責める言葉は、わかりやすく大きな声で自分を攻撃してくるとは限りません。
むしろ、静かに、当たり前のように、自分の中で流れ続けていることがあります。
- 「私なんて」
- 「どうせ無理」
- 「また失敗する」
- 「ちゃんとできない自分が悪い」
- 「人に頼ってはいけない」
こうした言葉が積み重なると、人は少しずつ動けなくなります。
やってみたいことがあっても、最初から諦めてしまうかもしれませんし、本当は嫌だと思っていても、言えなくなることもあるでしょう。
助けてほしくても、我慢してしまう癖がある人もいれば、誰かとつながりたいのに、迷惑をかける気がして距離を取ってしまう人もいる。
これは、「意志が弱い」「メンタル強くしなきゃ」とか、そんな問題ではありません。
その人の中に、これまで生きてくるために必要だった言葉があるのだと思います。
「我慢しなければならなかった」
「迷惑をかけないようにしてきた」
「期待に応えようとしてきた」
「失敗しないように自分を守ってきた」
そうした言葉は、ある時期の自分を支えてくれていたのかもしれません。
けれども、かつて自分を守ってくれた言葉が、これからの自分を苦しめることもあります。
だからこそ、まずは気づくことが大切なのだと思います。
コーチングは自分の言葉に気づくための対話である

コーチングは、ただ前向きな言葉を使うためのものではありません。
無理やりポジティブに考えるためのものでもありません。
むしろ、今の自分の中でどんな言葉が流れているのかを、丁寧に見つめていく対話です。
「その言葉は、どこから来たのだろう」
「その言葉は、本当に自分を助けているだろうか」
「その言葉を信じ続けることで、何を守ってきたのだろう」
「これからの自分には、どんな言葉が必要なのだろう」
そんな問いを通して、自分との関係を少しずつ結び直していく。
それが、私にとってのコーチングの大切な意味の一つです。
人は、自分の中にある言葉を自分一人では見つけにくいことがあります。
あまりにも当たり前になっている言葉ほど、自分では気づきにくいものです。
だからこそ、対話が必要になります。
誰かに話してみることで、自分がどんな言葉を使っているのかに気づく。
問いかけられることで、別の見方があることに気づく。
安心できる関係の中で、これまで言えなかった本音が少しずつ言葉になる。
コーチングとは、そうした自己対話を支える営みでもあります。
読書や対話。そして自分の言葉を取り戻すこと

まちあいの森やIMA LIBRARYで大切にしたいことも、ここにつながっています。
本を読むことは、自分の中に新しい言葉を迎え入れることとも言えます。
誰かと対話することは、自分一人では見えなかった言葉に出会うことは考えられないでしょうか?
何気ない会話の中で、ふと安心できることもあります。自分ではうまく言えなかった気持ちに、誰かの言葉がそっと輪郭を与えてくれることもあります。
一方で、ひとりで静かに過ごす時間も大切です。
すぐに話さなくてもいい。
すぐに答えを出さなくてもいい。
うまく言葉にできなくてもいい。
まだ言葉になる前の感覚を、そのまま大切にできる余白があること。
それも、まちあいの森やIMA LIBRARYで育てていきたいものです。
人は、安心できない場所では、本当のことを言葉にできません。
否定されるかもしれない。
評価されるかもしれない。
迷惑だと思われるかもしれない。
そう感じる場所では、自分の声はどんどん奥に引っ込んでしまいます。
だからこそ、やさしいつながりが必要なのだと思います。
自分の中の言葉に耳を澄ませてみませんか?

やさしいつながりとは、ただ優しい言葉をかけ合うことだけではありません。
自分の中にある未整理な感覚を、急かさず、否定せず、少しずつ言葉にしていける関係のことです。
そして、自分を傷つける言葉に気づいたとき、それをさらに責めるのではなく、
「そう言わなければ、生きてこられなかった時期があったのかもしれない」
と受け止めること。
そのうえで、
「これからは、どんな言葉で自分と関わっていきたいか」
と問い直していくこと。
自分の中の言葉に気づくことは、自分を責めるためではなく、自分をコントロールするためでもありません。
まずはゆっくりと、そして丁寧に、自分との関係を、もう一度やさしく結び直すためです。
私たちは、言葉によって傷つくことがあります。
けれども、言葉によって回復していくこともあります。
- 本の言葉に救われることがあります。
- 誰かの何気ない一言に支えられることがあります。
- 自分で自分にかける言葉が変わることで、少しだけ前を向けることがあります。
まちあいの森は、そんな言葉が生まれる場所でありたいと思っています。
大きな声で語られる正解ではなく、小さくても、その人自身の内側から生まれてくる言葉を大切にしたい。
そして、その言葉を手がかりに、自分を見失わず、誰かとも傷つけ合わず、少しずつやさしいつながりを育てていく。
そのために、今日も本を置き、場を開き、対話を続けていきたいと思います。
まずは、自分の中で流れている言葉に、少しだけ耳を澄ませてみる。
そこから、自分との関係も、人との関係も、静かに変わりはじめるのかもしれません。
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